企業を前進させるコトバの力

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企業を前進させるコトバの力

  先日、日本の人口動態に関するニュースが発表された。昨年行われた国勢調査の確定値とのことだが、それによると総人口は約1億2709万人で、以前行われた2010年の調査に比べると約96万3000人減少した。本調査は大正時代に始まったそうだが、調査開始以来、減少に転じたのは今回が初めてだそうだ。

 日本の人口が減っている。それに伴い生産人口もいずれ減少に転じることが予想されるが、これは産業の根幹を揺るがす事態と言えるだろう。様々なメディアで人口減少による国力低下が叫ばれているが、問題の抜本的な解決策は見当たらない。最近では、移民の受け入れが画策され注目されているが、それも多くの障壁がありそうだ。

 また問題はそれだけではない。発展途上国の台頭やグローバル化の波など、多くの課題が日本を取り巻いている。これらの諸問題を前にして、日本企業は弱体化の一途をたどる運命なのだろうか。

 少し、角度を変えて解決策を考えてみたい。移民での解決には時間と労力がかかりそうだが、もう少し手軽な方法で、国力ならぬ「企業力」を鍛える方法はないのだろうか。

筆者は思う。例えば「言葉の力」で企業を強くすることはできないだろうか。

 言葉の力――。企業が強くなるには、採用や事業開発などと同等に「言葉を鍛える」ことも有効なのではと思う。ビジョンを掲げるのも、従業員を奮い立たせるのにも、言葉は強力な手立てとなる。そして、長い歴史を積み重ね生き残ってきた企業には必ずと言っていいほど「その組織独自の言葉」を携えている。

 日本ではあまり有名ではないが、米にノースウェスタン・ミューチュアル保険という企業がある。
 創業は1857年。ミルウォーキー州に本社を置く生命保険会社なのだが、実は同社、米フォーチュン誌で実施される「最も称賛される会社」調査の生保業界部門でなんと25年に渡り1位に選出され続けているのだ。

その理由は経営姿勢にある。創業から160年近く経つが、驚くことに同社は一度も従業員を解雇したことがない。それは社内外に浸透している事実であり、同社を象徴する強みでもある。従業員自身も解雇される心配がないため、常に長期的な視点に立ち思考することが可能になり、冷静かつ先を見据えた行動をとる社員が生まれやすい環境にあるのだ。

また経営においても安全な舵取りを最優先することでも有名である。それが功を奏してか、09年のリーマンショックの際には大手銀行や保険会社が次々と危機に陥る中、同社はびくともしなかった。

そのような姿勢、また育成環境を支えているのが「ザ・クワイエットカンパニー(動じない会社)」というスローガンだ。創業以来から掲げられているこの言葉が社内に浸透しており、雇用への安心と企業への求心につながっているため、エクセレントカンパニーとして全米から評価され続けているのだろう。

このスローガンがなければ、ここまで盤石な体制は構築できなかったのではないか。言葉はこのように、組織の核となる強さを持っている。

そしてまた、言葉でなく「逸話」で経営陣の考えを浸透させる企業もある。例えばIBM。同社は現在世界170か国以上で事業を展開している世界最大級のIT企業だが、かつて経営危機に瀕したことがあった。そのときに会社を救ったのが「ワイルドダックスの教え」である。

ワイルドダックスは「野生の鴨」と訳される。哲学者であるキルケゴールの「馴らされた鴨」のエピソードから引用しており、現在でも同社の根幹となっている教えだ。

毎年、野生の鴨の群れが飛んでくる湖があった。集団で湖から湖へと移動する鴨たちは、各所で獲物を見つけては食している。

ある年、その湖でエサを用意して待っている老人がいた。この黙っても与えられるエサに野鴨は食らいつく。鴨たちはいつしか「これだけ食べ物に恵まれるのだから次の湖に飛び立つ必要がない」と思い、そこに住み着いてしまった。

だが幸せな日々は長く続かない。ある時その老人が亡くなってしまい、湖に姿を見せなくなったのだ。もうエサをもらえないと悟った鴨たちは、自分たちでエサを探すため次の湖へと飛び立とうとする。

しかし鴨たちはそこで気づく。野生を無くし、いつの間にか飼いならされていた自分たちは、アヒルのように肥えてしまい飛べなくなっていたのだ。それまで何千キロと湖から湖へ移動していたのに。

そのとき、春を呼ぶ雪解けの濁流が湖に流れ込む。飛び立てない鴨たちはなすすべもなく流され、全て死に絶えてしまった……という話である。

この話を聞いたIBMの2代目社長であるトーマス・J・ワトソン・ジュニアは大変感銘を受け、こんな言葉を残している。「野鴨は馴らすことはできる。しかし馴らした鴨を野性に返すことはできない。馴らされた鴨は、もはやどこへも飛んでいくことはできない。ビジネスには野鴨が必要なのだ」と。

 ここから大きくIBMは躍進する。野生の鴨のごとく、それまでのメイン市場とは別であるコンピュータ市場を切り開き、新たな時代の幕を開けた。

 この「ワイルドダックスの教え」は、同社の100周年記念サイトでも動画にまとめられている。組織を代表する重要なエピソードなのだろう。多くの社員がこの教えに鼓舞され活躍しており、今でもその教えは色あせることがない。

 ノースウェスタン・ミューチュアル保険のスローガンも、IBMのワイルドダックスのエピソードも、従業員を奮い立たせる「その企業ならではの言葉、話」だ。ただの言葉、ただの逸話と言ってしまえばそれまでだが、これらに多くの従業員が鼓舞され、沿った行動をとることによって「らしさ」が積み上がり、いつしかそれが組織の核となり、独自の強み、ブランドとして社内外に認知される。偉大な企業には、ならではの言葉があるものだ。

 筆者はこういった「言葉の力」が、日本企業に欠けているのではないかと思うときがある。表面上の理念を掲げている企業は多くあるが、それが本当に従業員の腹に落とし込まれ、行動の核となっている組織は、一体どれだけあるだろう。
 
 へたに部下を叱責するよりも、無理を重ねコストを削減するよりも、言葉による動機づけが絶大な効果を生むことがある。その組織にとって正しい言葉を、正しい手法で投げかけることが、強い組織をつくる手段の1つなのだ。

 今一度振り返ってみたい。自社には、自社を貫く言葉があるだろうか。従業員の心に火をつける、行動の核となる言葉はあるだろうか。「その企業ならではの言葉」が組織中に浸透したときに、企業は躍進を遂げるのかもしれない。
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