スイスの高級時計に学ぶ、独自のブランド創造手法とは

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スイスの高級時計に学ぶ、独自のブランド創造手法とは




 「SWISS MADE」。この認証をご存知だろうか。ある一定の基準をクリアした腕時計のみに刻まれる、スイス製の証である。その基準は厳しい。時計構成部品の半分以上とムーブメントがスイス製。また組み立てと検査もスイスで行われたものでなければ「SWISS MADE」とは呼ぶことは許されないのだ。


 何らかの機会に「SWISS MADE」の腕時計をつけている人物を見かけたら、どう思うだろう。「裕福そう」とか「組織内で重役についていそう」とか、格式高いイメージを連想するのではないだろうか。「SWISS MADE」には着けている者のイメージまでもグレードアップさせる力を秘めている。無論「スイスの腕時計」そのもののイメージが一般的に「高級」「高品質」であるからなのは、言うまでもないだろう。一般的に名の知れたスイスメーカーと言えば、ロレックス、オメガなどがあるが、これらの名前を聞けば時計に興味がないものでも高級さをイメージすると思う。


 腕時計の「機能」。例えば壊れにくいとか時間が遅れないとか、そういった面でスイス製が優れているわけではない。むしろ技術力で言えば日本のものの方が秀でているかもしれない。デザイン面ではどうだろう。好みやグレードによってピンキリだが、これも差があるとは言い難い。ブランド名を外した文字盤で産地やメーカーが判断できる消費者は、決して多くはないだろうから。

 実は機能、デザインともに日本で作られたものと比べても差がないのだ。時計として最低限の機能は両者ともにクリアしている。それにも関わらずスイス製は独自のブランドイメージを携え、他のものと比べ非常に高価な価格で流通しているのが実際だ。「スイスの腕時計は高級である」というイメージを自然に抱いてしまうが、その強い「ブランド力」は一体どこから生まれてくるのだろうか。

 その秘密は徹底したブランド&マーケティング戦略にあるが、実は昔から現在のような「高級路線」を貫いていたわけではなかった。今では想像がつかないかもしれないが、70年代〜80年代の腕時計市場は「Made in Japan」が席巻し、スイスブランド全体が崩壊寸前まで追い詰められていたのだ。

 69年、日本の時計メーカーであるセイコーが革命とも呼べる腕時計を発表する。世界初のクオーツ式腕時計だ。それまで腕時計といえば機械式。ゼンマイで巻いて動かすため、調整をしなければすぐに狂ったり止まってしまったりするのが当たり前であった。しかしそれに比べクオーツ式は非常に正確であるし、ゼンマイを巻くといった作業も必要ない。時計の基本である「時を正確に刻む」という点において、機械式とは比べ物にならないほど優れていたのだ。業界にイノベーションが起き、世界に激震が走った。

 セイコーはその後も精度向上に加え、小型化、軽量化、そして低コスト化を推進。安価で高品質の商品を市場に投入し続けた。これにより、世界の腕時計メーカーは大打撃を被る。


 70年代、80年代と日本メーカーの快進撃は続く。当時の主要生産国を全て抜き、世界一の生産量を記録したのが79年。セイコー以外にもシチズン、オリエントなどの日本メーカーが台頭した。

 スイスの腕時計メーカーはその頃、急速に勢力を失っていく。生産量は74年をピークに、83年にはその3割程度にまで減少。半数が倒産し、就業者数も70年から80年代中盤にかけて3割程度まで落ち込んだとか。このままだと「スイス製の腕時計は無くなってしまう」とまで言われていた。

 しかし、そこから新たな挑戦が始まる。90年代に入るとスイスは国内腕時計業界全体で高付加価値戦略を模索。壊れにくさや正確さで競うのではなく「職人がつくる、スイスならではの機械式時計」を付加価値として売り出し、オーバーホール(分解、点検、修理)は前提と割り切って生産を進めた。

 販売戦略も巧みであった。広告や販売会などのあらゆる機会において「良いものは使い捨てるのではなく、修理しながら長く使う」価値観を啓蒙。また前述のオーバーホールを必ず行うという姿勢を見せることで、消費者への信頼を築き上げた。またこれらとともに「ストーリー」を打ち出したことも重要な点だろう。無味乾燥した工場で生産されるのではなく、職人が1つ1つ手作業で作っていると伝えることで、消費者は自身の腕時計に愛着を持ち思い馳せることができる。

 また少量生産、流通チャネルの絞りこみを徹底して行ったことも功を奏した。これらの施作により希少性を維持。量販店で大量陳列されたり、偽物と並んだりすることを回避したのだ。複合的に絡み合うこれらの方針を推し進め、スイス腕時計は独自のブランドづくりを実現した。

 対するは日本。90年代も引き続き低〜中価格帯の戦略を取り、腕時計を世界に広く安く流通するよう努めていたが、技術がコモディティ化する。中国をはじめとした新興国が力をつけ、日本の技術を脅かす存在にまで成長した。またPHSや携帯電話の流通もあって「時の確認」において腕時計は必須ではなくなる。装飾品としての役割が大きくなっていくなかでスイスは独自のポジションを形成したが、日本は新しい価値を打ち出せていないのが実状だろう。実は現在でも生産量全体の6割を「Made in Japan」が占めているが、金額ベースのシェアではわずかに3割。この状況を、我々はどう解釈すればよいのだろうか。

 少々駆け足で腕時計の歴史を振り返った。世界規模で繰り広げられる競争、また栄枯盛衰と復活の様は、自社のブランド戦略を考える際に非常に参考になると思う。
 実は筆者自身、スイスの地位も決して安泰ではないと思っている。先進国の若者は消費そのものに懐疑的で、高級なだけではものを買わない傾向にあると言われているし、Apple Watchなどのイノベーションも生まれている。10年後、20年後にはまた大きな変化が訪れていても不思議ではないのだ。

 自身の業界はどうだろうか。腕時計業界の技術革新や価値観の変遷は、決して対岸の火事ではない。すでにある技術力やノウハウに加え、自社だからこそ生み出せる付加価値を添えていかなければ、いつの間にか外野に押しやられてしまうかもしれない。築き上げてきたポジションに満足せず、新たな価値を模索しブランドを逐次高めていくことが、生き残る1つの策になると思うのだ。
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