世界を勝ち抜いていくジャパン・ブランドの「鉄則」

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株式会社良品計画

世界を勝ち抜いていくジャパン・ブランドの「鉄則」

株式会社良品計画
社名株式会社良品計画
所在地〒170-8424 東京都豊島区東池袋4-26-3
設立1989年6月(登記上 1979年5月)
URLhttp://ryohin-keikaku.jp/
事業内容「無印良品」を中心とした専門店事業の運営/商品企画/開発/製造/卸しおよび販売

イマジナでは各企業様の成長の一助となるべく、ブランディング等をテーマとした書籍を提供している。その中の1冊「世界で勝てるブランディングカンパニー」から、今回は良品計画の“勝てるブランドの作り方“のエッセンスを紹介しよう。

■ブランドには思想と戦略

「無印良品」の始まりは西友のPB。低価格を打ち出す他のPBとは一線を画し、思想重視、当初からコンセプトに立脚し、ライフスタイルを提案するスタイルを貫いてきた。包装簡略化などで費用を削減の一方、デザインは妥協せず、シンプルさを個性に昇華。無駄を省くモノ作りの姿勢はブランド・イメージにも寄与した。

■紆余曲折の海外展開

「海外で通用しないブランドは日本でも生き残れない」との想いから、海外への進出は1990年代初頭と早かったものの、その道のりは平坦ではなかった。MUJIの第一歩はロンドンでの出店。その後、香港等へも出店し一定の顧客層は開拓したものの、一般消費者まで浸透しなかった。その後の通貨危機でアジアは全面撤退、欧米では重い出店コストから店舗の多くが赤字経営。それまでは宣伝費用として正当化してきたセゾングループのリストラで岐路に立つ。

赤字転落した2001年、社長に就任した松井社長の下で改革に着手、その中心は20年以上の企業文化を根底から変えること。チェーン展開には向かない百貨店由来の個店主義、カリスマ依存と大企業病。それらの根治に挑戦、海外でも「質を伴わない成長はリスクでしかない」として赤字店舗を閉鎖、経済性重視の出店方針に転換した。

そこで威力を発揮したのが、業務標準化マニュアル「MUJIGRAM」。売り場作りや接客等の販売面に留まらず、発注・製造量の判断、教育の均一化や責任明確化による人材育成に至るまで、経営の至る所に活用されている。改革の成果で成長路線へ転換、今では海外店舗数300以上、売上1000億円は超える。

■グローバル・ブランドへ

良品計画が、グローバル化の成立条件に掲げるのが、ブランド、実行力、ビジネスモデルで構成する三角形。ブランドの礎となる実行力を支えるのがMUJIGRAMなら、ビジネスモデルの根幹がSPA、「販売する自身が顧客の特色を理解しながらモノ作りを進められる」ことでブランドの純度も高まるという。

「無理に背伸びしてもブランドは育たない」と松井氏は語る。
ブランド浸透には時間がかかるため、事業継続性を重視したビジネスを展開してきた。さらに、「その地域の根差したローカル化を受け入れることが最大のポイント」とも語る。日本のブランドをそのまま持って行かず、コンセプトは残しつつ現地化できるかが、成功の分かれ目になるのだ。
こうした思想は地域ごとの戦略に表れる。
ブランド感は高いヨーロッパのPRでは、文化的背景、こだわり、提供するライフスタイル等を丁寧に説明し、商品そのものよりコンセプトへの深い理解と共感を訴える。それがアジアでの高級感構築にも寄与する。「欧米で勝ち抜いた強いブランドこそが、世界を席巻する力を持つ」とし、アジアでは若い中間層を中心に先進国で培ったブランド、高品質、安心感を訴えて浸透スピードを早めてきた。

コンセプトと共にブランド構築を担う最前線での実行力を支えるが現地採用従業員。ただ、海外では独特の難しさがあり、コンセプトからの逸脱も起こりやすい。そこでMUJIGRAMの果たす役割は大きい。例えば中国では、ローカルMUJIGRAMを毎年700名超の新人育成に活用。改良提案表彰を個人単位で実施し、日本と異なる中国の個人主義流のやり方でジャパンブランドを保持する。

「迷っている位なら、早く海外に行く方がいい。1店舗でもいいから先進国に出て、実際のシビアさを経験しながら、そこで黒字化に漕ぎつける。それが世界的ブランド構築の第一歩になるはずです」、「ジャパンブランドの先駆者」からのメッセージだ。

良品計画が世界的ブランドMUJIを築き成長を続ける背景、そこにはイマジナが提唱するインナーブランディングとアウターブランディングの両輪を廻す3つR(PR, BR, HR)の力が強く作用している。それらの礎となるコンセプトを設立当初から明確に掲げた良品計画は稀有なケースだが、そうではない多くの企業にとっても有効なエッセンスは、イマジナのサービスの根幹を成すものだ。

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