企業文化の継承
2016/03/14(最終更新日:2021/12/16)
ここ数年、事業承継がメディアに取り上げられることが多くなってきた。
その背景には「社長の高齢化」がある。現在、中小企業の社長の平均年齢は59歳。そしてなんと、その5人に1人が70代以上だと言われているのだ。
日本は超高齢化社会に突入したと言われ久しいが、その影響はもちろん企業経営にまで及んでいる。日本にある法人の99.7%が中小企業だが、そのトップの多くがいつ引退してもおかしくない年齢なのである。
今現在、60代以上である社長の多くは、その長い会社人生を自身の手腕で乗り切ってきた百戦錬磨の方々だろう。自身で創業、もしくは誰かしらから引き継ぎ会社を経営し、おそらく危機に合いながらも、何とか組織を存続させてきた。山あり谷ありの長い年月を経て社長も歳を取り、社員に見守られながら引退……とストーリーを描いていても、ここで1つの問題が浮き上がってくる。後継者がいないのだ。
社長の力で成り立っている中小企業は多い。社長自らが営業し、顧客を開拓しているケースはたくさんある。銀行の担当者に顔が利くのも社長だし、組織を束ねられるのも社長だ。その役割の特性上、社長の代わりが務まる人材はなかなかいないのだ。
もちろん、社長自身も、自分の引退や仕事ができなくなったときの場合を考えている。自分がいなければ会社がまわらない経営は非常にハイリスクだからだ。そこで後継者の育成を中心に次の会社の担い手を考えるのだが、日々の業務もあるため、なかなかその投資に時間を割くことができない。大企業のように人材育成に十分時間とお金を割くことができれば別だが、そんな資金はないことが多いし、社長依存の仕事が多いため時間もない。結果的に後回しになってしまうのだ。
もちろんこの状況に関して、国もよしとはしていない。最近では「事業承継税制」といった事業承継がスムーズにいくようなサポートをしているし、民間でも金融機関や税理士などが、全国各地で相続や事業承継をテーマとしたセミナーを開催している。
中小企業は日本経済の根幹を担っているのは事実だ。事業を残していこう、会社を残していこうという想いは国も社長も一致している。
さて事業承継の手法は、跡継ぎとの交代やM&Aなど幅広くあるが、制度や税務面での支援が充実していても、大切な点は実は他にもある。企業文化の継承である。
カルチャーの違いによって組織が分裂してしまうことは多い。
例えば最近は中堅企業以下でもM&Aを行うケースが増えてきたが、企業文化の違いによってその後の事業成長が制限されてしまった事例は少なくない。多くの企業が会計面の評価のみを気にし、互いにデューデリジェンスを実施したうえで買収や売却を行うが、数字上の評価が良いことと事業シナジーが発揮できるかどうかはまた別の話である。仮に事業上のシナジーが発揮できるとふんでも、その場所で働く人材に対して、文化の違いを考慮した効果的なマネジメントが実現できないと、M&Aをした直後に大量離職がはじまるなどの危険性もある。M&Aをしたが故に業績が低迷することもあり得るのだ。
また二代目や三代目の社長に企業を継がせる場合も同様である。跡継ぎが先代の息子であれ、外部の人間であれ、その人物は元からいる社員に厳しい目で評価をされる。なかにはその人物が事業を継ぐことに納得をしない社員も多いだろう。
仮にその人物がうまく経営をできたとしても、先代が作り上げた企業文化を跡継ぎが100%理解したうえで組織を運営していくのは不可能に近い。熟練社員や企業独自の文化と、新社長の間には見えない溝ができてしまうことは多いのだ。
事業承継の肝は何か。お金で解決できる部分ではない。お金では解決できない部分が重要になってくるのだ。
先代社長が積極的に、企業文化や自身の考え方や決断にいたるまでの思考経路を言葉にして伝えていくということは、あまりない。企業文化とそこで働く人々、また事業承継において新しくジョインしたメンバーの意識を統合させていくには、先代の考え方や文化を意識的に言語化し、社内でもあらためて認識、共有していく必要がある。
またこれは、もちろん跡継ぎ社長だけが行うべき事柄ではない。現社長が「会社の未来」を考え始めたタイミングで、社員も一緒になって企業文化の棚卸をし、言語化し、新しく組織の仲間になるメンバーに伝えていく。全社含めての取り組みが必要ではないだろうか。
文化の浸透、思想の継承には時間がかかる。次の社長が決まってMTGを数回行い終了……というわけにはいかない。将来を考え、文化を棚卸し、次の世代の人間に伝え、先代が完全に引退できる状態になるには10年程度の時間がかかってもおかしくはない。また企業によっては人事のデューデリジェンスを行い、その企業の人事制度や文化をきちんとしてからM&Aに行うこともある。企業の財政を調べるのと同様に重要な話なのだ。
しかし、その時間とかけた工数は決して無駄にはならない。これからの何十年先の未来をつくる投資といっても、過言ではないだろう。事業承継は非常に大変な作業である。しかしそれは、どんな組織でもいつかは考えなくてはならない、大切な仕事なのだ。
企業文化の継承は事業承継において見落としがちな点ではあるが、組織で働くのはもちろん人間なのだから、この部分をおろそかにすることはできない。
思想、理念を普遍的な形で言語化し、次世代に伝えていく――。もちろん自社だけでとりくむのではなく、他社の力も借りながら行っていくべきだ。
企業の長い繁栄を見据えた施作を、きちんと時間をかけて、取り組んでいきたい。