埼玉県に籍を置く、川島製作所という包装機器メーカーがある。同社は「そこまでやるか、をつぎつぎと。」をコーポレートメッセージ/ブランドメッセージに掲げ、業界の当たり前を覆し、挑戦を続けているメーカーだ。
次々と革新的な製品を生み出す川島製作所の強さの秘密はどこにあるのか。その想いの根源を、探ってみた。
包装機の誕生によって、物流に大きな変化が生まれた
川島製作所の創業は1912年(明治45年)。実に100年以上前までにさかのぼる。
今ではあらゆる商品が包装され、世界中の様々な商品をいつでも手にすることが当たり前になっているが、川島製作所が生まれて数十年後の、ほんの80年前までは包装という概念自体が存在していなかった。
商品を包む技術が無かった時代では、モノを遠くまで運ぶことができない。当時からある八百屋や駄菓子屋といった家族経営の小売業では、近隣で仕入れた商品を店頭で直接販売することが当たり前。テレビドラマや当時の映像で、野菜を持参したナベやカゴに入れたり、子供が直接駄菓子を手で持ち歩いたりしている描写があるが、それもこれも包装技術がないからである。衛生面の課題も当然あっただろう。
しかしその常識は、「包装機」と「スーパーマーケット」の登場によって、劇的な変化を遂げることになる。
科学技術が発展する激動の時代に、川島製作所は日本でいち早く自動包装機の製作を開始。「包装技術は世の中を大きく変えていく」という不確かな未来を信じながら、誰も実現したことない技術の開発に向き合い続けてきた。その結果、物流の発展とともに、川島製作所は包装業界のリーディングカンパニーとして、成長を遂げることになる。
「できない」を「できる」に変えることで、新たな包装価値を創造する
川島製作所を突き動かしたのは、開拓者精神だ。通常のメーカーであれば、それまでにない技術を駆使した包装機の製造を依頼されたとき、多くの企業では相談を断ってしまうのが通常だ。しかし創業当時の川島製作所では、「できるかどうかはわかりませんが……できます!」と言って依頼を受けていた。これは今の時代では考えられないことかもしれないが、革新を生む背景には、そんな強気のスタイルがあったのかもしれない。
川島製作所が、外国機の模倣ではなく純粋な自社技術によって開発した技術のひとつに、「上包み包装」がある。当時、和菓子などの繊細で衝撃に弱い商品を包装する技術は存在しなかった。若き開発者達は、どのようにすれば柔らかく繊細な商品をきれいに包装し、生産性を上げることが出来るのかという課題に直面していた。試行錯誤と挑戦を続け、その結果、完成したのが「上包み」技術だ。
この技術の登場により、これまで、ひとつひとつ丁寧にお菓子を手で包んでいたものが、よりきれいに速く、しかも大量に包むことができるようになった。
これは単に保存面や衛生面の価値が高まっただけではなく、包装紙によって季節感を楽しむことができたり、時には粉の多いお菓子のお皿替わりになったりと、情緒と実用性の両面でお菓子をより楽しむことにつながっている。
その後も次々といただくようになった依頼に対しても、柔軟な発想と情熱を持って独自の包装形態を開発し、現在では300種を優に超える商品を手がけるようになった。
革新は、「そこまでやるか」の先にある
そんな川島製作所も、昭和の時代には機械がまともに動かないことや、思い通りの包装が実現しないことが多々あった。実際に納入した包装機が安定して動作せず「不良」と判断され、担当者が客先で製品を投げられる……なんていうことも、現代表取締役社長の伊早坂氏は経験しているという。しかし、そのような経験が、「お客様に不満足感を与えるものを絶対に作ってはいけない」という教訓につながった。
既存の技術をうまく応用すれば、簡単に結果がでるし、失敗や困難にぶつかることが少ないのは確かだ。しかし過去にとらわれることなく、常に開拓者であり続け、顧客に心底喜んでもらうには、挑戦を続けるしかない。その「挑戦する心」が、今日に至る川島の強さとブランドを作ってきたと言えるだろう。
2019年、このような川島製作所の姿勢を改めて「そこまでやるか、をつぎつぎと。」をコーポレートメッセージ/ブランドメッセージにまとめた。妥協なく包装と向き合い続けることが、自分たちの揺るぎない使命。この開拓者精神を心に、川島製作所はこれからも挑戦を続けていく。
まとめ
誰も作ったことがないモノを作りたい。そう思った時に、それを本当に実現できる企業はどのくらいあるのだろうか。
現代では、類似品を作り出すことは驚くほど簡単だが、いくら類似品を作っていても、新しいモノを作る経験やアイデンティティが蓄積されることはない。
この100年で、包装技術は目まぐるしく変化している。川島製作所は、これからもお客様の想いに寄り添いながら、業界のリーディングカンパニーとして革新的な製品を提案していくだろう。