「コンセプト」で売るブランド戦略
2018/11/07(最終更新日:2020/09/30)
「ディグビー・ファイン・イングリッシュ社」という企業がある。耳慣れない社名かもしれない。2012年に設立されたイギリスのベンチャー企業だ。創業当初、ある日本人留学生が同社のことを「おもしろい」と感じ、インターン生として入社。それがメディアで取り上げられて、たくさんの人の知るところになった。
同社の事業内容はスパークリングワインとその関連商品の製造と販売。現在では公式サイトを見るとラインナップは充実しているが、創業当初はなんと、売り物である商品がない状態で、Webサイトをつくり、発注を受け付けていたのだ。しかも創業当初のウェブサイトには「OUR STORY」しか記載がなかったとのこと(そもそも創業したばかりなのだから、STORYと言えるものがあるのかどうかも疑問だ)。 当時の日本人留学生によると「本当に何もないところから始めていた」という。
実際、そのとき会社にあったのはコンセプトのみ。決まっているのは、「英国らしさ」をブランドにして、イギリス製のスパークリングワインを売っていくという指針だけだった。おまけに創業者の前職の勤め先はIT企業であり、スパークリングワインに関しては素人。「イギリスのブランドを世界に売りたい」という想いだけがあったという。
「アジアでのスパークリングワインの需要を市場調査する」という目的でインターン採用された日本人留学生は、「本当に大丈夫だろうか?」と思いながら働いていた。しかしわずかな期間に資金調達、仕入先、ECサイトの構築、そしてパッケージなども決まっていく。そして現在に至る成長は前述の通りだ。
「コンセプトさえあればなんとかなるものだと、とても勉強になった」と日本人留学生は記事で語っている。たしかに「コンセプトのみで事業をはじめた」というのは非常に驚きだ。もちろん商品がないため、資金調達をするときも、商品を受注するときも、できることは自分たちの考えや想いを語るのみ。しかし、現在では事業として成長し、イギリスらしさを強みにしたワインを消費者の手元に届けているのだ。
この記事を読んだ時、驚きとともに日本にはあまりない「ブランドで売る」強さを感じた。日本国内で、商品サンプルも実績もない状態で融資を受けたいと言ってもどれだけの人が耳を貸してくれるだろう(実際、日本人留学生が一時帰国して、ソムリエの方々などに調査をしたときに「ところで、売り物のスパークリングワインは?」と聞かれて、「いや、それはこれから作ります」と答えると苦笑されて大変だったという)。
通常のマーケティングは「売るもの」ありきだ。広告展開やブランデイングも、商品をつくり、どのような点が市場に受け入れられるか、他者と比べてどのような点が秀でているか……などを考えた後に、戦略を組み立てていくケースが多い。
しかしディグビー・ファイン・イングリッシュ社は、このような「順当な」マーケティングとは真逆の戦略をとる。コンセプトファーストとでも呼べるような戦略を貫き、その想いにたくさんのヒト・モノ・カネが集結。そのうねりが非常に大きなものとなっていくのだ。
最近ではこのような形態で起業をする、もしくは新規事業を行うケースが増えていっているように思う。特にシリコンバレーにあるIT企業はそのようなケースが多いのではないだろうか。想いを実現するために起業をし、ヒトやカネを集め、モノやサービスをつくるという方法だ。
実際、「想い」や「理念」を念頭におき事業をすると、様々なメリットが生まれる。その一つが「判断がブレない」ということ。自分たちは何を大切にするのか、なんのため事業をやっているのか。そして顧客にどんな価値を届けたいのか。そのようなことがハッキリとしていれば、一つひとつの決断は早い。
また顧客や求職者に、自分たちの個性や強み、そして何がやりたいのか、ということがきちんと伝わり、またそれが「ブランドの特徴」として顧客の心の中に育っていく。ディグビー・ファイン・イングリッシュ社は「イギリス初のスパークリングワイン」にこだわり続けたが、これが「利益がでるまで、フランスの売れ筋のワインを輸入販売しよう」と考えていたらどうなっていただろうか。顧客のなかで同社のブランドは育たず、ワイン販売を行う数ある業者のひとつとなっていたかもしれない。ましてや他国の留学生がインターンに来ることもなかっただろう。近年、とくに採用・育成シーンでは給与や企業のネームバリューよりも「やりがい」や「想い」が大切にされている。売上以上に、想いを感じさせる企業の方が、求職者も魅力を感じるのではないだろうか。
日本ではこのような「コンセプトを売る」「ブランドを先につくる」状態でビジネスを行うケースは少ない。しかし、必要なものがすべて揃ってからビジネスを起こすには行動が遅い。仮にビジネスモデルを作ったとしても、強い想いがない、もしくはあっても伝えようとしていなければ、他社に埋もれてしまうだろう。
グローバルでビジネスが展開される今、ブランドを起点とした事業戦略はより大事になっていくだろう。コンセプトをもとに事業を展開していくと、これまでとは違った成長を実現できるかもしれない。
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