ジャパンブランドが学ぶべき、スイスブランドの強さ
2017/08/31(最終更新日:2021/12/23)
先日、興味深いニュースが飛び込んできた。「スイス国内最小の村、村全体をホテルに」。調べると人口減少に悩むスイス南部にあるコリッポ村が、観光客獲得のために村そのものをホテルにする計画を打ち出したという。
現在、この村の総人口は14人(!)。以前は約300人が住んでいたが、若者が徐々に離れ人口は減少していったのだとか。そのような状態を危惧した地元自治体が1975年に財団を創設。村を救うために打ち出したアイディアの1つが今回のホテル化計画だ。
財団によると、本計画は新たにホテルを建設するのではなく、すでにある建物の各部屋を客室として開放していくというもの。その際、村内のレストランを受付やロビー、食堂として活用。また村役場前の広場も野外ロビーとして用いるとのことだ。観光客が村に降り立つと、広場にて「あちらの建物の2階の部屋があいていますよ。食事はあのレストランで」と手続きが進むイメージだろうか。これならば投資が少額で済む上に、村の雰囲気を体験できる独自の旅を提供することができる。この着想は反響を呼び、今年6月にはスイス国内の団体が催す「ホテル・イノベーション・アワード」を受賞した。
このニュースを見たとき、その画期的な考えに驚くとともに「スイスらしさ」を感じた。商品をつくりだすだけでなく、ブランドにまで高める術を持ち合わせている、というのが筆者の持つ同国のイメージだ。その確かなブランド力は、経済指標にも如実に表れている。
2016年時点でのスイスの人口は約842万人(年々増加している)。日本のそれが約1.27億人なので、その数は日本の約6.6%だ。これだけを抜き出すと小国に感じられるのだが、経済規模はそうではない。
16年のスイス名目GDPは世界19位。日本はご存知の通り3位だ。しかしこれが一人当たり名目GDP(GDP総額を人口で割った値)になると話が変わる。こちらはなんと、スイスは世界2位、日本は22位なのだ。またスイスに本拠地を置く企業もそうそうたる顔ぶれが並ぶ。食品最大手のネスレ、人材派遣世界大手のアデコ、ロレックスなどは誰もが聞いたことあるだろう。
程度の差はあるだろうが、この数値からスイスは一人一人の経済的生産性が高い、すなわち個々人が生み出す付加価値が大きいことが読み取れる。昨今アメリカや中国の経済成長がメディアで取り沙汰されて久しいが、その影でスイスは「隠れた強国」として存在しているのだ。実際、同国は豊かだというイメージを持つ人は多いのではないか。
スイス企業のブランド戦略は練りに練り上げられている。同国を代表するブランドといえば時計のスウォッチグループが有名だが、傘下には18のブランドが存在する。同グループはM&Aによりその規模を拡大してきたが、特筆すべきはすべてのブランドが各セグメントで、独立した著名ブランドとして君臨していることだ。
その勝因の1つに、グループ内ブランドの関連性が低いことが挙げられる。高級時計であるオメガやブレゲと、ベーシックレンジに分けられるスウォッチが1つのグループから販売されているとは、消費者が自身で調べない限り知り得ない情報だろう(オメガとブレゲが同じグループだということも想像しにくい)。そのため、互いが互いにブランドイメージを犯される心配がない。買収をした後でも各ブランドの強みと特徴を活かす形で、厳格なブランドマネジメントを行なっているからこそ生み出される成果なのだ。
また高価格路線を戦略の中心に置いていることも強みの1つである。現CEOであるニック・ハイエク氏は、価格競争に翻弄される日本の時計メーカーに対して「値下げ競争を続けていると、消費者は商品に敬意を示さなくなる」とメディアで語っている。言い換えれば、高価格だから消費者は商品に敬意をはらうということ。高級を貫き通すことでその価値を保持しているのだ。
さて、それに対して日本企業はどのようなブランド戦略を描いているのだろうか。日本にはソニーや日立、東芝など世界に名だたるメーカーがたくさんあるが、現在どの企業も社名そのものがブランドの代名詞になっているがゆえに、商品ブランドの展開のしにくさが指摘されている。要はパソコンから洗濯機、テレビまで「同じブランド(企業)」がつくっているため「商品名を聞いても、その商品自体のブランドイメージが想起されない」状態なのだ。
また日本企業にはM&Aが起こると、かつて存在した企業名や商品名をなくし、親会社のブランドに一本化する傾向がある。証券会社や銀行を思い浮かべてもらうとわかりやすいが、吸収された側の企業名は無くしてしまうケースが大半だ。人材や技術といった資産は受け継がれても、無形資産であるブランドが消滅してしまったケースは枚挙にいとまがない。
さらに加えて、日本メーカーの多くが低価格路線をとっていることもスイス企業との大きな違いだ。「良いものを安く」販売するために尽力してきた日本が現在、新興国と技術格差が埋まり苦境に立たされているのは周知の事実である。時計メーカーのセイコーも高価格路線に舵を切ろうと様々な努力をしているが、世界の高級時計市場で存在感を出せないでいるのが現状だ。
駆け足でスイス企業と日本企業のブランド戦略の違いを見てきた。両国とも資源が少ないなか、技術力を高めることで成長を重ねてきたという背景がある。しかし、ブランド戦略に関してはスイスの方が頭一つ抜きん出ているように感じられる。商品を唯一無二のブランドにまで磨きあげる力と気概は、冒頭のコリッポ村の事例からも感じとれるだろう。人口減にあえぐ日本の自治体から、このような発想が生まれたことがあっただろうか。
スイス企業の戦略から、日本企業が参考にすべき点は多い。そしてスイス企業が打ち出す施策のひとつひとつが、人口減少やグローバル化の渦中にいる日本が取るべき道のひとつでもあると思うのだ。ヨーロッパの遠い国の事例だが、多くを学ぶことで我々の発展に活かしていきたいと思う。