離職率を下げ、社員に長く満足して働いてもらうには
2017/07/31(最終更新日:2021/12/16)
人材の需要が高まっている。先日発表された厚労省のデータによると、今年6月における正社員の有効求人倍率は1.01倍。史上初の1倍越えであり、04年に調査を始めて以来最も高い数値となった。この伸びはこれからも続くとみられているため、7月や8月はその記録を再度更新するかもしれない。またパートタイムの倍率は1.51倍でこちらも前月より上昇。バブル期で最も高かった90年7月の1.46倍を上回った形だ。
さらに本年度の新卒の有効求人倍率は今年4月に発表されたデータによると1.78倍を記録。これは非常に高い数値であり企業の求人数に対して学生が相当数足りていない状況を表している。この状態はしばらく続き、採用市場は学生優位の売り手市場として推移していくだろう。
現在は求職者数より求人数の方が多いため、働きたい人は誰でも職につくことができる「完全雇用状態」だ。しかし現実においては、求職者すべてが希望した職につくことは不可能だろう。求人数が多くとも見合う人材がいなければ企業は採用を控えるし、たとえ合意の上で雇用が決定しても、比較的早い段階で退職の道を選択するメンバーがいることもあるからだ。特に新卒の場合、入社3年以内に3割が辞めると言われており、飲食業やサービス業になるとその値は5割を超えるというデータもある。
退職理由は個々の事情があるため一概には言えないが、仕事が合わない、また条件が想定していたものと違ったというケースが多いようだ。採用と育成には時間と費用 がかかるため、企業にとって早期の退職はあまり喜ばしいことではない。また当人にとっても早い段階での退職は周囲からの評価を得られず、その後のキャリア形成に好ましくない影響を及ぼすこともある。就職におけるミスマッチは双方にデメリットが生じる可能性が大きいのだ。
長く働いてくれる人材を採用し、ともに成長していく。これは今後、企業にとってこれまで以上に大きな課題となるだろう。求人倍率の上昇は言うまでもなく、中長期的には労働者人口も減り、国内の採用市場がより激化していくことが予想されるからだ。長期の雇用によるメリットは組織と個人の両方にある。企業側が率先して、社員に満足して働いてもらう仕組みをつくることは大切であると言えるだろう。
実際に独自の工夫を重ね、新卒・中途問わず離職率の低下を実現する組織 は存在する。東京にある社会福祉法人合掌苑もその1つだ。同組織は町田に2つ、横浜に1つの介護施設を営んでいるが、離職率は毎年5%以下に抑えられており勤続年数10年以上のスタッフも多いという。同業界は平均離職率が15%以上あり、そのなかの7割が勤続3年以下で退職しているというから、このような数字を出している合掌苑は稀有な存在だろう。
同社が徹底してこだわり抜いているのは採用である。互いに納得した上で入社ができるよう、選考プロセスに時間をかけているのだ。
通常の介護現場では人材不足が慢性化しているケースが多いため「やる気のある人ならば誰でも」と内定を出しがちだが、合掌苑はそうではない。選考途中から実際の現場で働いてもらい、実務を経験することで仕事内容、そして職場の人間関係や雰囲気なども理解してもらうようだ。これら体験見学にかける時間は40時間にのぼるという。
また理念への共感に重きをおいているのも大きな特徴である。コーポレートサイトには理念、ブランドプロミス、行動指針が明記されているが、選考の段階でそれらへの理解を徹底している。自分たちは何を目指し、何のために働いているのか。時間をかけて求職者のなかで整理し納得しもらうことで、入社後に十分なパフォーマンスを発揮できるよう努めているのだ。こういった取り組みは介護業界では珍しいと思われるが、これらの工夫が離職率の低下と社員の満足度の向上につながっているのだろう。
またシステム開発を営む株式会社シグマクレストも3年以内の新卒離職率0という数字を達成している。同社も採用にこだわっており「アミューズメント採用」と称した選考を行なっているのが特徴だ。
こちらはボーリングやビリヤードなどを社員とともに実施し、コミュニケーションを深める選考を実施している。社員、求職者ともにスーツを抜いで競技に励むため、自然な形で関係を深められるのが特徴だ。またイベントへの参加社員は人事ではなく立候補した社員のみ。所属部署を問わず選抜するため、求職者はより深く社内の雰囲気を知ることのできる機会となっている。
そんな同社のコーポレートスローガンは「土の香りのソフト屋さん」。良質な土のように物事が豊かに育つ基盤になるのと同時に、IT企業だからと言ってお客様との関係が希薄にならぬよう土臭いサービスを提供していく思いを込めているそうだ。とくに後者はコミュニケーションを大切にする選考プロセスにも大いに現れているだろう。
「最近の若者はすぐにやめる」と嘆く企業は多い。しかし工夫と努力によって退職を防ぎ、社員に満足に働いてもらっている企業があるのも事実だ。またそういった組織の多くは、理念や行動指針を大切にし、それに関連づけた形で採用にもこだわりを持って取り組んでいる。企業側の覚悟があって、初めて社員が満足して働ける環境が整うのだ。
充実した仕事生活を社員に送ってもらい、企業としてもより成長を果たしていく。そのために今一度、自社が社会や求職者とどのように関わっていくべきか、あるべき姿を見直してみても良いかもしれない。