シンボリックストーリーが組織と商品を強くする
2017/07/18(最終更新日:2020/07/28)
「タイタニック」という映画がある。作品化されたのは過去に3回。とりわけ有名な97年公開のジェームズ・キャメロン監督同作は見たことのある人も多いだろう。本作はご存知の通り、「絶対に沈まない」とされていた当時世界最大の豪華客船が、氷山と接触し一夜にして沈没してしまった実話を題材としている。それはしかも、処女航海のさなか。海に投げ出されたほとんどの乗客が低体温症で亡くなり、生き残ったものは全体の3分の1以下であった。この記録からも事故の凄惨さが見て取れるだろう。
誰もが知っているタイタニック号の悲劇だが、この事件を図らずもチャンスに変え、商品の信頼を格上げした1つの企業がある。ルイ・ヴィトンだ。
当時、長期の旅行は全て船での移動だった。そのため旅行用カバンとして名を馳せていたルイ・ヴィトンは完全防水のトランクを開発。この商品は万が一の着水時を考えて、水に浮くよう設計されていた。タイタニック号にもこのトランクを使用して乗り込んだ旅行者がいたと言われている。
そして前述の海難事故が発生。たくさんの乗客が海に投げ出されたが、その中にはなんと、このトランクにつかまり助かった人物がいるそうだ。
また事故から数十年後。沈没した遺品を引き上げる作業において別のルイ・ヴィトンのトランクが引き上げられた。調査員が開けると、中身は水にまったく濡れておらず、当時のまま残っていたという。
このエピソードは有名なため、耳にしたことのある人は多いだろう。実はこの話、真偽は定かではない。しかし、時代を超えて人から人へと語り継がれ、事故から100年以上経った今でも性能の良さを裏付ける(正確には良いと「感じさせる」)エピソードであることは確かなのだ。
一定の評価を得ているブランドには、このような逸話を持つケースが少なくない。噂のように人づてで伝わるエピソードは、時として広告以上の信ぴょう性を帯び、商品のブランド価値を長きにわたり高める効果があるのだ。「タイタニック号沈没の際、海に浮き続け人を助けたトランクがある」という一行のストーリーは、どんな名コピーでも超えられないパワーを秘めている。
このような商品やサービス、もしくは企業の特徴を端的に表したエピソードを「シンボリックストーリー」と呼ぶことがある。積極的に広告せずとも人から人へと伝えられる、企業を象徴する物語。それが強みと合っていればいるほど、効果は増していく。
書籍『物語戦略』(岩井琢磨・牧口松二著、内田和成監修)では、このシンボリックストーリーについて語られているが、ストーリーが成立する定義として「企業の強みを象徴している」「戦略方針に合致している」「思わず人に話したくなる」の3つが掲げられている。確かに、どれが欠けてもシンボルとはなり難い。面白いだけのエピソードでは単なる噂話として扱われ、顧客に対して独自の信用を与えるまでには機能しないのだ。
多くの企業では「うちの会社ではこういった特殊な話は存在しない」という意見を持つところも多いだろう。しかし、本当にそうだろうか。例えば、ロゴや社名の成り立ち1つを取っても創業者の想いが込められているため、独自の背景が存在するはずだ。シンボリックストーリーは何も仰天するエピソードでなくて良い。自社の方針や強みと合致しており、人に話したくなるもの。社内の社員の話や歴史を掘り下げたり、顧客に自分たちの価値を聞いてみたりすることで見えてくるケースも多いはずだ。
タニタ食堂で有名なタニタも、このシンボリックストーリーをうまく活用し業績を伸ばしている。 創業は1944年。現在はヘルスメーターのトップであるタニタだが、元々はライターやトースターなども製造していた。家電メーカーとして順調に成長を重ねたものの、83年頃から業績が赤字に転落。そこから体重計市場に梶をきり、成長を目指した。
しかし当時、市場はすでに飽和状態。それでも「ヘルスメーターナンバーワン」を掲げたタニタは、他事業から撤退し研究を重ねる。その結果、国内初のデジタル式体重計や体脂肪計測器を開発。業界に新しい風を吹き込んでいった(体脂肪という言葉を発明したのも同社である)。97年には世界一ヘルスメーターを売り上げる会社として成長している。
タニタの食堂が注目を集めたのは09年頃。そのきっかけは偶然メディアに取り上げられたことだが、撮影に合わせて食堂を用意したわけではない。当たり前だが、それ以前から社内には「肥満を改善する社員食堂」は存在していたのだ。
まさにシンボリックストーリーと言えるだろう。体重計の会社が、食堂を通じて社員の健康にも気を配っている。この1行の事実には、健康に対する会社の姿勢が端的に表れている。
同社も、ストーリーとしての食堂の価値に最初から気づいていたかといえば、そうではないと思われる。元々自社にあったものを外部から引き出された結果、同社を象徴する物語となったのだ。
このように、規模や内容は違っていても、自社を象徴する話が社内に眠っているケースは多い。もちろんそのストーリーが発掘できたからと言って、急激に売上が向上したり、自社のイメージが格段に上がったりするわけではない。しかし「常日頃から健康を考えなさない」と口頭で伝えるよりも「当社は社員が口にする食材にも気を配るほど、健康を大切に考えている」と話をする方が、影響が大きいのではないだろうか。
人間は重要な話は、物語化する傾向にある。古くから世界各国で先人の知恵は寓話として語り継がれていった。シンボリックストーリーにも、このような側面があるのかもしれない。
自社にも、自社を表す物語があるはずだ。それは案外、近くにあるかもしれない。それらをきちんと伝えていくことが、社内の文化醸成や顧客に対する姿勢、そして理念の浸透へもつながっていくだろう。
参考資料
『物語戦略』