ハーレーダビッドソンに見る、老舗ブランドの価値向上の打ち手
2016/11/07(最終更新日:2020/07/28)
先月、本田技研工業とヤマハ発動機が、50ccスクーターと電動二輪車を含めた国内の「原付一種」領域で、業務提携について検討開始するというニュースが流れた。本件に関して驚かれた方も多かったのではないだろうか。というのもこの2大原付メーカー、かつては「HY戦争」とも言われるほどに、企業間競争でバチバチと争いを繰り広げていた間柄だったからだ(もう30年以上前の話だが)。しかし国内の原付バイク販売台数は現在、ピーク時の8割にまで減少しているという。そのため今回手を組むことを検討しだしたそうだ。市場の先行きは不透明である。
だが、暗雲が立ち込めているのは原付バイク市場だけではない。実はオートバイ市場全体の勢いに陰りが見え始めているのだ。諸説あるが、16年度の国内のバイク販売台数は40万台を割り込むという試算がある。この数字の「少なさ」は過去のデータと比較するとよくわかる。例えば今から22年前、96年の販売台数は120万台を超えていた。しかしその後は徐々に減少。リーマンショックがあった09年に40万台となり、その後また微増したが13年頃を境に再び減少に転じる。
この状況に関係各社は不安を隠せない。今後どうなるかは誰にも予想は出来ないが、先行きはあまり明るくないだろう。しかし、そんなオートバイ市場で、異彩を放ち続けるメーカーがある。ハーレーダビッドソンだ。誰もが知る世界の著名バイクメーカーだが、ここ数年、日本市場ではさらに存在感を増している。
誰もがそのブランド名は聞いたことがあるだろう。名実ともにバイク業界の巨人で、国内輸入バイク市場でも2位のBMWとは圧倒的な差をつける。倍以上の販売台数を誇り、14年には同市場で51%のシェアを占めたほどだ。
そんな同社はさらに顧客を開拓すべく、昨年はバイク初心者や若年層の取り込む目的で、低排気量、低価格のモデルも発売開始した。国内メーカーが低迷にあえぐ中、同社はどのような成長曲線を描くのだろうか。
このように、圧倒的な存在感を放つハーレーダビッドソン。よくよく考えてみると、世の中の産業全てを合わせても、ハーレーほど顧客に支持されているブランドはそう多くはない。例えば同社ロゴのタトゥーを肩に彫っているライダーが世界中に存在するが、そんな愛され方をするブランドがどこにあるだろうか? 筆者はSONY製の電子機器を使うことが多いが、倫理観の問題は別としても「SONY」と体に彫る気にはなかなかならない。生き方までにも影響を与える。そんな「強大なブランドパワー」を持つのがハーレーダビッドソンなのだ。
同社のブランド力は自然発生的に生まれたと思われがちだが、ハーレー社自身ブランドの醸成に非常に重きを置いている。特に08年まで日本法人社長を勤めた奥井氏が行った、ブランド価値を向上させる施策は、同社躍進に非常に効果的だった。それらはあまり知られていないが、そこには老舗ブランドを成長させるヒントが詰まっていると筆者は思うのだ。
奥井氏が社長に就任した91年当初、オートバイ業界では、1つの販売店が複数メーカーの商品を併売することが一般的であった。そのため販売店の「売り方」に関して、メーカーの要望やマーケティング戦略を反映、浸透させることは困難だった。ハーレーもそれは同様で、同社とディーラー間に正式な契約書はなく、契約内容や形式もばらばら。どんな人が自社商品を購入したかという、基本的なユーザー把握もできていない状態だった。
奥井氏はこの状況にメスを入れる。ディーラーシステムの再編に着手し、正規販売網を整備することに心血を注いだのだ。
それは単純に、システム上の交通整理を行っただけではない。氏は正規販売店の資格として「考え方」を最も重視した。その考え方とは「ディーラーには、自身、また顧客とハーレー社、3者での共存関係を求める。そして相手に喜びを与え、労を惜しまず、そして変革を恐れない姿勢を持ってほしい」という氏の哲学であった。この考えに賛同できるか否かが、ディーラーになり得るかどうかを決定づけた。
また氏はディーラーに求めるだけでなく、自身が何を与えられるかも重視した。同社は年に2回『ディーラー・ガイドブック』という冊子を全国の正規販売店向けに発行。本誌には全店、全従業員を名前、写真入りで掲載した。またディーラー従業員の誕生日、や結婚記念日には本社から直接グリーティングカードと花束を贈呈するという手厚いサポートも実施。営業成績に関しても、月間新記録、年間新記録を達成したものには表彰を行う等、イベントの拡充にも余念はなかった。
氏は、顧客に最も近い位置にいるディーラーの重要性を早々に見抜いていたのだろう。ハーレー本社とディーラーをまとめて「ファミリー」と呼び、精神的なつながりを重視する。またときにはディーラーに氏が直接訪問し会議を重ねる等、関係性の向上を積極的に行っていった。
また氏はハーレーのバイクを「輸送手段」ではなく「サービス・レジャーに属する商品」と位置付け、顧客のライフスタイルに積極的にかかわるようにしたことも大きな功績だろう。その代表的な施策とも言えるものが、全国各地でのフェスティバルである。本社が舵取りし、ユーザーが一堂に会することができるイベントを積極的に開催した。これはバイクを輸送手段と捉えていては、発想できない施策ではないだろうか。
また従来から行われているものとして、既存顧客を組織化する「ハーレー・オーナーズ・グループ」も興味深い。これは同社が正式に認めた「ハーレーライダーの会合」であり、全世界に 100 万人超、日本に現在 3.5 万人の会員を有する巨大組織だ。全国の正規ディーラーには、同組織の拠点としてチャプターが存在し、そこでは小規模なツーリング、ラリー、チャリティー等と言った活動が自主的に開催されている。このような施策を本社が積極的に推進することで、顧客の帰属意識が向上していく。本社、ディーラー、顧客の絆が深まる循環が、見事に形成されているのだ。
これらは老舗ブランドのお手本となるような施策だと、筆者は思う。創業から100年以上経つ同社だが、その勢いには陰りが見えない。むしろ年月が経つほど、強固なものになっているのではないだろうか。
「商品の売れ行きが悪い」「ブランド価値が低くなっている気がする」。そのような悩みを持つ企業は多い。しかし、ハーレーのような「ブランドを育む施策」を行っている企業はどれだけあるだろうか。
もし何の努力もしなければ、前述の原付バイクのように、いつか危機を迎えてしまうかもしれない。強固なブランドには、強固な信念と地道な努力があるものだと筆者は感じるのだ。