あなたは「なにで」顧客に支持をされたいか
2016/09/05(最終更新日:2021/12/09)
先日、大手企業と中小企業の「業績格差」に関するニュースが発表された。アベノミクスも関連しているのだろうか。同施策が始まった2013年から現在までに、大手企業の経常利益合計額と、中小企業の経常利益合計額の差が急拡大しており、15年にはその値が過去最大を記録したとのことだ。
その差は約19兆円。12年の差は10兆円だったそうだが、13年以降大手企業の利益増加率が中小企業のそれを大きく上回りはじめ、このような結果になったという。売上の合計額に関しても大手企業は12年から年々増加しているが、中小企業は年々減少しているようだ。
あらゆる問題が我々を取り巻いている。国内では人口減少、国外ではグローバル化による新興国との競争など、日本企業は様々な課題を抱えているのが現状だ。そんな中で、中小企業の成長に陰りが見えるというニュースは将来に対する不安を助長する。これから大手より体力の劣る中堅企業や中小企業は、一体どのような成長曲線を描けば良いのだろうか。
そういった議論において「中小企業こそイノベーションを起こせ!」だとか、「ブルーオーシャンを探せ!」といった言葉が飛び交うことがある。どちらも今ではすっかり日常に馴染んだビジネス用語だ。
しかし、言うは易く行うは難い。そう簡単にイノベーションは起こせるものなのだろうか。そんなにすぐに、ブルーオーシャンは見つかるものなのだろうか。どちらも十分な時間と資本、そして人材をそろえなければ実現しにくいことは想像に容易い。それに加え、変化の早い時代である。革新的なサービスを創造したり、競争相手がいない市場を発見したりしても、すぐに競合が参入してくることはおおいにあり得るだろう。
これらももちろん手段の1つである。しかし、さらに実現可能性が高く、かつ堅実に成長戦略を描く方法はないのだろうか。
例えば、他企業が参入しないようなニッチ、かつ潜在需要が見込まれる市場において事業を展開するのは不可能だろうか。そういった市場は急成長せずとも、安定した成長が見込めるケースが多い。またニッチな市場なため、一度ファンになった顧客は離れにくいという利点があるのだ。
「そんな市場があったら、とっくにそこで事業を展開しているよ」という声が聞こえそうである。そんな市場は存在しないと。だが実は、大手企業が参入しないようなニッチ市場を開拓し、そこで確固たるブランドを築いている中堅、中小企業は日本に意外と多くあるのだ。例えば、サラヤもその1つである。
サラヤの創業は1952年。創業者である更家章太氏が28歳の時に立ち上げた企業だ。同社は大阪に本社を持ち、石鹸液と石鹸液の容器を開発。全国各地の学校・企業に、手洗い運動の励行、ならびに教育を目的として納入していた。
79年、同社がつくる洗剤が給食センターの職員の間で「手荒れがしない」と評判になる。それを受け家庭での使用を目的に「ヤシノミ洗剤」という商品を開発、発売したところ、瞬く間に大ヒット。以来、40年近くにわたって同社を代表する人気商品となった。そして現在では、サラヤは未上場企業でありながらも従業員数は約1,800人、売上は356億円にものぼる業界中堅企業へと成長した。
日用品市場は、花王やライオン、P&Gといった超大手企業の寡占状態が続いている成熟市場だ。しかし、そんな市場において化学とは真逆である「自然派」をうたい、自然と人間に良いものを作り続け、支持されているのが同社である。
「ヤシノミ洗剤」は決して大手に比べて安くもないし、たくさんの広告予算が割り当てられているわけでもない。しかし「肌と自然に優しい洗剤を使いたい」というファンに支えられ、安定した人気と知名度を誇り、独自のポジションを築いている。
また同社は、世界の「衛生・環境・健康」に貢献することを理念とし、国内外で社会貢献活動を実施している。これもサラヤのブランドイメージに一役買っているのだろう。自然と人間を愛する一貫したその姿勢が、市場に支持され続ける理由であると考えられる。
また、社員の幸せと安定した成長を徹底追及し、世界中から視察が訪れるほどにまでなった業界中堅企業がある。伊那食品工業だ。
同社の創業は1958年。現在の売上は約182億円、従業員数は約400名と決して大きな企業ではない。日本に数多ある中堅企業と言ってしまえばそれまでなのだが、なんと同社は創業から48期にわたり、連続増収増益を実現したという驚異的な記録を持つ。
創業者であり現代表取締役会長兼CEOである塚越寛氏は、現代の経営者とは真逆の経営を行っている。朝には従業員全員で朝礼と庭掃除をし、昼休みにはお茶を入れ、せんべいをかじりながら談笑をする。人事制度は終身雇用を宣言し、地域社会への投資も惜しまない。そんな悠長な働き方で稼げるのかと疑いたくもなるのだが、なんと同社の経常利益率は10%を超えている。
伊那食品工業は決して急成長を望まない。「年輪経営」と名付けられた毎年着実に成長を実現する経営姿勢は、トヨタなど一流企業の経営陣が視察に来るほどだ。
同社は「寒天」市場においてトップシェアを誇っているが、いたずらに他業界への進出や、無駄な投資を画策しない。成長を急がず、自身がいる市場において着実な成長を図っていく。そして、従業員にもそのような経営思想を伝え、それを体現した形で日々の業務を行う。その姿は「永続を目指す幸せな未上場企業」としての、1つの到達点かもしれない
成長が早ければ早いほど、そこに集まる「カネ」の量の多ければ多いほど、注目を浴び称賛される世の中である。
しかし、立ち止まって考えてみてほしい。じっくり腰を据えて、ニッチでありながらも自社の強みが存分に生かせるような市場において堅実な成長を実現していくのも、手段の1つではないだろうか。時間はかかるかもしれないし、スポットライトを浴びることはそう多くないかもしれない。だが、その分足腰の強さは強靭なものになっている。そういった市場で構築されたブランドは、少しの風では揺らぐことはないのだ。