健康経営
2016/08/18(最終更新日:2021/12/16)
昨今、健康経営への関心が高まっている。昨年から東京証券取引所は経済産業省と共同で、「健康経営銘柄」制度を開始し、今年は昨年より3社多い25社を選定。選定銘柄の10年間の株価収益率は市場全体を50%上回ると、健康経営の効果も謳っている。
そもそも健康経営とは?ウィキペディアによると「従業員の健康増進を重視し、健康管理を経営課題として捉え、その実践を図ることで従業員の健康の維持・増進と会社の生産性向上を目指す経営手法のこと。その始まりは、アメリカにおいて1992年に出版された「The Healthy Company」の著者で、経営学と心理学の専門家、ロバート・H・ローゼン(Robert H. Rosen)が提唱したことによる」とされそのメリットには、
(1)欠勤の減少、メンタルヘルス改善を通したモチベーション向上等による生産性アップ
(2)健康増進による医療費などの費用節減
(3)社員やその家族など市民の生活環境の改善に貢献する企業としてブランドイメージ向上
などが挙げられている。
健康経営の発祥国、アメリカでは実証と研究が進んでいる。例えば、アブセンティーイズム(疾病により欠勤している状態)よりも、目に見えにくいプレゼンティーイズム(何らかの健康問題によって業務効率が落ちている状況。例えば、花粉症で仕事の効率に影響が出ている方はイメージしやすいのでは)による損失の方が大きく、労務費の中で最大のコストであると言われ、Dow Chemicalでは人件費の7%に相当するという。また、Johnson &Johnsonによる試算では、健康経営への投資$1に対して$3のリターン(効用)が見込めるとの報告もある。3倍の投資効果は特筆ものだ。 そして株価の検証においても、1999年~2012年の間に優良健康経営表彰企業は株価が約1.8倍となっており、S&P500インデックスの約1倍を大幅に上回るパフォーマンスを上げている。
こうした背景もあり、東証一部上場企業の4割がすでに何らかの取り組みを実践しているものの、中小企業の7割はまだその概念自体の認知もなく、日本全体ではまたまだ啓蒙活動が必要とされている。
認知が広がり、その効果が理解されたとしても、健康経営実施へのハードルは何であろうか。
(1)その効果が明確に測りにくい
(2)制度設計や実施を担当する人材がいない
(3)実施環境整備への投資余力に欠ける
といった点を挙げる経営者が多いようだ。
しかし健康経営は、欠員時への備えが手薄で、健康を損なうことによる欠勤や退職による影響が大きい中小企業にこそ効用が高い施策といえる。
(1)そうした欠勤、退職を防げることによる恩恵は大きい
(2)人材採用時のアピールポイントになる
(3)今後、健康経営実施の有無が金融機関の企業評価にも反映されることが見込まれ(日本政策投資銀行はすでに先行して取り入れている)、中小企業の主要資金調達である銀行借入の条件が有利となる
などがその理由だ。
こうしたメリットから今後、健康経営が広がる余地は大きいのだが、それが現実化するには、前述の導入ハードルの解消が前提となる。どこでは、整備が期待される制度的環境(例えば商工会議所を中心に設計が進む「健康経営アドバイザー」制度)、そして人事や人材活性へのコンサルティングサービス等の外部リソースの活用がキーとなろう。外部の知見の利用で工夫を施せば、導入コストは相当程度抑えられ、前述のアメリカでの報告のように、高い効用が期待できる。
いずれにせよ健康経営は、企業の経営戦略の一端を成すものであり、経営者の意識と積極的関与が重要となる。
そして、その見返りは
(1)人材という無形資産の強化
(2)その毀損リスクへのヘッジ効果、
それらを梃に
(3)経営者が社員のライフバランスを重視する姿勢から醸成される一体感と動機付けからもたらされる企業の成長だ。
そして、負担増に苦しむ多くの企業の健康組合の収支改善にも寄与し、日本社会全体の課題でもある生産性向上に繋がるはずだ。
■筆者プロフィール
鈴木一秀
コンサルタント
■略歴
横浜国立大学 工学部卒
University of California Los Angels校及びNational University of Singapore 経営大学院修了(MBA)
モルガンスタンレー証券など日・欧・米系の投資銀行で約20年勤務
その後経営コンサルタントとして独立
■資格
中小企業診断士
証券アナリスト