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「あるもの探し」の地方創生

2016/08/08(最終更新日:2021/12/10)

先日、東京都知事選が開催され、小池百合子氏が選出された。女性初の都知事である。選挙の模様はテレビでも取りざたされており、筆者も特番を眺めていた。

その中で、都の歳出額を紹介していたのが記憶に残っている。聞けば、東京の予算は毎年13兆~14兆程度になるとか。これはスウェーデンやベルギー等の国家予算と同程度の規模だ。また税金を中心とした歳入も地方に比べ桁違いに大きく、国が出す地方交付税に頼らず独自の政策を提案できるほど。それに加え職員数も16万人を超えるため、人材も豊富である。

なるほどと思った。都知事は「一国家の大統領並みの権限を持つ」と表現されることがあるが、それも納得がいく。極端な表現をとれば、潤沢な予算と人員が知事の手中にあるのだ。都知事の任期も4年間と時間的余裕もあるので、計画が実行しやすい環境だろう。これは世界最大規模の都市、東京の大きな強みである。

しかし東京以外の道府県を見てみると、これだけの予算を組めるところは他にない。大阪府の28年度の歳出予算を見ると、その額は3兆3億円弱。他の地方も同等かこれ以下の数字だろう。東京とは大きく離れる。また前述した地方交付税に関しても、実は東京以外の道府県すべてが受け取っている。独自の財源で自治体を運営できるのは東京のみなのだ。こういった財務体質とあわせ、人口減少に伴う税収減少もある。現在「地方創生」がアベノミクスで掲げられているが、多くの地域で予算と人の問題が立ちはだかっているのが現状だ。

東京は強い。だが、東京が良ければいいのだろうか。日本経済が今後盛り上がっていくためには、地方の再興は決して無視できないテーマだ。

そんなことを考えていたら、地方創生担当大臣である石破氏がメディアでこんなことを言っていた。「地方創生には人口の維持が不可欠だが、外部から人を呼び込むための特効薬はない。その地域にしかないものを最大限に活用して発信し、集客に活用していくべきだろう。あちこちで言われている言葉だが『ないものねだりよりあるもの探し』。わが街にしかないといえるものが、人を呼び寄せる可能性がある」と。

その通りだと感じた。ないものねだりよりあるもの探し。この言葉自体は目新しいものではない。しかし、我々はいざ新しいことに取り組もうとするときに、無作為に新しいものを作り出そう、また自分たちの強みとはあまり関係のない「流行りモノ」を取り入れて、注目度を高めようと安易に考えがちである。自分が主体者となったときには、足りないものばかりを列挙して、どう欠陥をなくすかということに注力してしまうことも多い。

しかし、短所はないが突出しているものがないところに、人が興味を持つものだろうか。まあまあ美味しい幕の内弁当よりも、群を抜いて美味しい自慢のおかず一品が添えられている弁当の方が、印象深いものである。ヒト・モノ・カネが潤沢にある場合は総合力で勝負をするのも1つだが、そうでないなら、すでにある「自分たちしか持ちえないもの」に焦点を絞り、それを磨くのが良いのではないかと思う。「自分たちしか持ちえないもの」は、どんな組織にも必ずあるのだから。

長野県に阿智村という村がある。この小さな村は、温泉郷として栄えていた。と言っても今も温泉はあるのだが、実は温泉による集客は年々減少していた。

73年に出湯したため、その歴史は浅い。しかし立地が幸いし、中京圏の企業が慰安旅行や研修に積極的に活用。90年代後半、また愛知万博のあった05年までは売上が右肩上がりだった。しかし、その後5年で宿泊客は4分の3に減少。客足が遠のくと旅館同士で値引き合戦が起こり、少ない需要を取り合おうと競争が始まった。

このままではまずい。村の将来さえも危うい――。危機感を持ったある旅館の企画担当者は、頭を悩ませた。同氏はそこで、旅行会社大手JTBの観光資源開発の専門家に相談。どうすれば客を増やすことができるか話し合う。

彼らは旅館に人をどう集めるか、ではなく、どうすれば村を救えるかを考えた。そして、自分たちの本当の強みは何か、まさに「自分たちは何を持っているか」を見直すなかで、彼らはある一つのアイディアを思いつく。

「阿智村の、満点の星空を売れないだろうか」。

温泉が強みかと思いきや、実は温泉街は日本にたくさんある。そのため温泉ビジネスは、競合が多いレッドオーシャンとも言えなくもない。しかし、満点の星空を存分に眺めることができる地域は存外ないものである。周囲を取り巻く建築物に加え、星が見えるかどうかは地形に左右される。その点、阿智村の右に出るものはいなかった。

2人はこれに目をつけ、12年8月に「日本一の星空ナイトツアー」という企画をスタート。絶景ポイントで星空を眺めるという単純な企画だが、若いカップルを中心に口コミで情報が拡散。12年には6500人だったツアー集客が、15年には6万人を実現した。そして同村はたった3年で「日本一の星空の村」というブランドを獲得したのだ。もちろん、同ツアーは阿智村の地域活性を実現している。

これはまさに自分たちにしかない強みを見つけ、一足先に地方創生を実現した好例だろう。地方の村に年間6万の人々を呼び寄せるなんて、世界遺産にでも登録されない限り無理ではないかと思えるほどの偉業である。しかし、強みを見極めることで、しかも場合によっては多額の予算をかけずとも地域の活性はできると、阿智村は教えてくれた。

これはもちろん、自治体だけでなく企業にも当てはまる。「予算がないからできない」「うちには他社と比べ秀でるものがないから勝てない」。こんなことを考えがちだが、本当にそうだろうか。すでに持っているものを見つけ、磨くことで、自分たちにしか持ちえない資産に昇華することも可能だろう。そしてその資産は、いったん構築されると他の追随を許さない強大なブランドとなりうる。

ないものねだりよりあるもの探し。ぜひ一度、組織にはどんな強みや特徴があるか、洗い出してはいかがだろうか。存外、本当の個性とはなかなか気づきにくいものである。だが本当の強みを見極めるのは大切なことだ。「ならでは」を見つけ出し、他にはないブランドの創造を実現していきたい。

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