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時代を超えて伝わる、組織の在り方、つくりかた

2016/07/16(最終更新日:2021/12/09)

カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツという人物がいる。19世紀の初頭に活躍した、プロイセン王国の軍人であり軍事学者だ。プロイセンとは現在のドイツ北部からポーランド西部にかつて存在したヨーロッパの王国である。氏はナポレオン戦争にてプロイセン軍将校として活躍。戦後は軍事研究と書物の執筆に没頭したが、コレラに感染し51歳という若さでこの世を去る。

彼の死後『戦争論』という書籍が出版された。同書は氏の生前の研究である戦略の立て方や戦争の戦い方、そして有事の際のリーダーの在り方等が記されたものだ。のちに専門家の間で、戦略、戦闘、戦術の領域において重要な業績を示したと評され、歴史上の重要文献と位置付けられる。

戦争とビジネスは重なる部分があると言われる。もちろん戦争は商取引ではないし、ビジネスで相手を傷つけることはない。だが、どちらも同じ人間が行うこと。組織の構築方法や戦略の立て方等は近しい部分があるのだろう。
『戦争論』もその1つ。同書は一般的な知名度は決して高くないのだが、その内容は現代のビジネスにも通じる教えがあるといわれ、歴史に学ぼうとするビジネスマンの間でひそかに注目されている。氏が残した珠玉の研究成果は、知る人ぞ知る知恵、そして知識として、現代にも脈々と受け継がれているのだ。

彼の教えは広く深い。同書には含蓄ある様々な論説が書かれているのだが、最も重要な思考を1つ挙げるとすれば、それは「目的と目標を分別した」ことにあるだろう。

彼は「戦争とは他の手段をもってする政策の継続である」と言う。「戦争は政治上の目的を達成するための手段でしかない」という意見だ。当時は軍国主義の世の中。戦争に勝てばすべて良かった。しかし氏は戦争の目標(例えば土地の奪取や敵のせん滅)は、あくまで国家の目的達成を支援するためにあり「政治で実現したいこと」に沿っていなければならないと主張した。その戦いは結局「政治的目的の達成において意味があったのか」という質問に収斂され、個々の軍事作戦の成否はその達成に貢献したかどうかで判断されるべきと考えたのだ。

これは当時、革新的な思想であった。戦争への勝利が繁栄と同義の世の中。勝利は無条件に正しいと考えられていた時代である。しかし、その勝利には政治的意味があるのかという、新しくも重要な尺度を持ち込んだのがクラウゼヴィッツであった。

やや物騒な話が続いたが、この「目的と目標の分別」はビジネスにおいても重要な考え方である。
例えば営業部の売上目標。毎期ごとに設定している企業は多いと思うが、その目標を達成する意味、すなわち「目的」を意識している企業はどのくらいあるだろう。また、その目的を現場の営業部メンバーが理解している企業はどの程度あるだろうか。

「何をバカなことを言っている」と思った方もいるかもしれない。営業部だから売上目標があるのは当たり前だろう。目的も何も、会社の存続のためであり、ライバル企業に負けないために売上をあげるのであって、わざわざそんなことを確認する必要がないだろうと。

しかし、本当にそうだろうか。確かに売上を上げないと会社が存続しえないのは現場のメンバーも重々承知しているだろう。しかしそれは、自社が目指す本当の意味での目的と言えるのだろうか。その企業が社会や顧客に対して何を成し遂げたいのか。そういった「目的」を達成する手段として、営業数字という「目標」が存在するのではないだろうか。

クラウゼヴィッツの意見は現代の企業に十分通じる。時代は変わり、軍隊ではなく企業が社会に多大な影響を与えるようになったが、氏の言うところの目的の重要度は日に日に増している。今ではただ単に儲けを追い求めるだけでなく「自分たちが社会にとってどんな存在にありたいか」「なぜ自分たちがその事業を行うのか」といった根源的な問いに対する答えを社内外に明示し、それに沿った形でサービスを提供する企業が支持される世の中となりつつあるのだ。

例えば、Apple。同社が成し遂げたいことは、パーソナルコンピュータという機械を提供し、個々人が最大限に活躍できる世の中を創造することにあった。そのために革新的な製品を次々に発表し、現代の地位を築くに至った。世界中にブランドの支持者がいることは、周知の通りである。
そして、同社が生まれたシリコンバレーでは現在、営利事業と慈善活動を一体化させ、それらを企業の人事戦略として用いる新しい「目的」を追う動きも生まれてきている。
この活動を先導して行うのがセールスフォース・ドットコムだ。同社のマーク・ベニオフCEOは「慈善を経営戦略に組み込んだ企業文化が最高の人材を獲得し、離職を防ぐことにつながる」と話す。同氏は営利事業、慈善活動どちらにも「世界にどれだけ良い影響を与えたか」という評価軸を設け、従業員らにビジネスと社会問題解決の両立を目指すよう促している。そしてそれを「自社のウリ=ブランド」として、株主や顧客、そして今後一緒に働くだろう就業志望者に堂々と伝えているのだ。
そして彼は同様の取り組みを他社にも促す。なんと現在では、シリコンバレーを中心に7,000社以上の企業が同様の制度、仕組みを導入しているそうだ。

営利を超えた範疇まで志向すべきか否かは考え方にもよるが、自社が追い求めるべき目的を持たない企業が顧客やステークホルダーの心を掴むのかと問われれば、難しい世の中になりつつあるのは確かだ。それは「自分たちはこうあるべき」という自社の理念やビジョンがないと宣言するのと等しい。また目的があっても、従業員に浸透していない企業は同様に支持が得られにくいだろう。結局は従業員がそれらを理解し体現しようと奮闘することでしか、実現はありえないのだから。

目的と目標。この区別は当たり前のように感じられるが、それがきちんと行われている組織は少ない。自社が追い求めるべき目的は何だろうか。そして、それを体現するため達成すべき目標は何だろうか。必ず「その企業ならでは」のものがあるはずだ。そしてそれが企業の文化となり、ひいてはブランドとなっていくのだろう。既成概念を覆した19世紀のある軍事学者の思想は、今でも我々に多くのことを教えてくれる。

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