『企業の魂』を継承することの難しさ
2016/06/27(最終更新日:2021/12/09)
ソフトバンクグループのニケシュ・アローラ副社長、退任へ――。つい先日、驚きのニュースが流れた。定時株主総会前日の16年6月21日夜、同氏が退任すると異例の発表。総会議案の1つである「取締役の選任」からアローラ氏の名前を外した(その後、副社長には宮内謙取締役の就任が決定する)。
孫氏の後継者候補として、アローラ氏が14年9月に鳴り物入りで入社したことは記憶に新しい。Googleの上級副社長を務めた経歴を持つエリート中のエリートだ。入社初年度から高額の役員報酬を受け取っていることが話題になったが、それは孫氏から全幅の信頼が置かれていたことの表れでもある。17年8月で60歳を迎える孫氏。かねてから60代で後継者に事業を承継することを公言していたが、先日の株主総会では「もっとやりたいという欲が出た」と自身の心境の変化を吐露。「少なくともあと5年から10年は社長として頑張りたい」と事業への意欲を見せた。アローラ氏は7月1日付で同グループ顧問に就任する。
孫氏にどのような心境の変化があったのか、またどのような経緯で今回のような結果に至ったのか。本当の理由を知る由もないし、それをここで考察しようとは思わない。ただ仮に――歴史にIfはないのだが――アローラ氏がCEOに就任したらソフトバンクはどうなっていただろうか。アローラ氏率いる同グループは、一体どんな未来を描いていたのだろうか。
これは筆者の勝手な推測だが、CEOとなったら業績の推移に関わらず、大きく2つの問題に直面していたのではないかと考えられる。
1つは日本人の多い組織に起因する問題。ソフトバンクはグローバル企業と言っても、日本国内での売上比率が非常に大きいし、従業員の割合も日本人が圧倒的に多い。そのため、インド出身でシリコンバレーの企業で役員を務めていたアローラ氏は、日本企業ならではのコミュニケーション方法や風土の違いに、少なからずとまどいが生じたのではないか。
2つ目は、孫氏の後を継ぐ困難さだ。ソフトバンクは現在では東証一部の大手企業だが、もとをたどれば孫氏が24歳の頃にたった1人で立ち上げたベンチャー企業。そしてときにはワンマンとも捉えられるトップダウンの経営で急成長を実現してきた。30年以上そのような形で事業を営んできた企業を外部の人間が運営するとなると、そう簡単な話ではないのではと考えられる。
文化を維持すること。そして、組織を引き継ぐことは、オーナー経営者が偉大であればあるほど難しい。事業そのものは引き継ぐことが出来ても、そこに根付く風土や、それまで無意識のうちに培われてきた暗黙知ともとれるような組織を構成する空気までは、なかなか継承することはできない。そのようなことを加味すると、事業承継はお金や法律では解決できない点が高い障壁となるのかもしれない。
アローラ氏率いる新生ソフトバンクの可能性はなくなったわけだが、もし実現していたら、急激な変化に対して多かれ少なかれ社員間に戸惑いが生じたことは想像に難くない。これもあくまで想像だが、離職率の増加や従業員生産性が低下する等の事態も生まれていたかもしれない。
しかし、この組織カルチャーの継承の問題は、ソフトバンクのような大企業に限った話ではない。中小企業にも大いに関係する話である。東京商工リサーチの調べによると、15年時点で社長の平均年齢は60.89歳。日本は99.7%が中小企業と言われているから、この年齢はそのまま現代の中小企業社長の平均年齢といっても差し支えがない。
この年代の社長の多くがもちろん、事業承継や相続を考えている。しかし、うまく二代目の代表に組織を引き継げている企業は少ない。事業承継に悩む多くの企業が、上記のような組織風土やカルチャーをどのように引き継ぐかという問いに対して、明確な答えが出せていないのだ。
「うちは従業員が主体的に組織を形作っている」と言い切れるのであれば、カルチャーの承継はスムーズかもしれない。しかし、オーナー経営者の手腕に依存している企業はそううまくいかない場合がある。なぜならば、組織風土も経営者に依存している可能性が高いからだ。そして、後者に属する企業は恐らく少なくないだろう。そういった組織は、一体どのようにカルチャーを次世代に引き継いでいけば良いのだろうか。
米国では現在「最高文化責任者(CCO=Chief Culture Officer、チーフカルチャーオフィサー)」というポジションを用意する企業が増えている。同役職者は時流や組織の変化に左右されず、その企業独自の文化を維持し、強化していくことに対して責任を負うのだ。Googleも役職を設置する企業の1社だが、その役割はGoogleの核となる価値観、すなわちフラットな組織、階層構造のなさ、協調環境等を世界中のオフィスで維持していくことに主眼が置かれている。いわゆる「Googleらしさ」を、世代をまたぎ残していく手段として取り入れられているのだ。
そのような役職を設けるのも1つだが、弊社のような外部のブランディング会社、すなわちカルチャー継承の専門家を活用することで、スムーズな形で継承を実現することも可能である。弊社では「カルチャーブック」という組織のカルチャーを体現した1冊の本をつくり、それを従業員間で共有することで、組織そのものに文化を根付かせる手伝いをしている。場合によってはこのような手法で、事業承継の際に予想されるリスクを最小限に抑えることも可能だろう。
組織文化の継承。それは非常に難しく、また類推がしづらい問題である。他社と自社では事情が違うため、解決法も千差万別であるからだ。そのため経営者自らが積極的に、時間をかけて次代のCEOや従業員と対話をし、着実に継承を行っていくことが大切だ。その長く地道な取り組みを怠ってしまうと、カルチャーの変化に従業員が耐えられないという事態が起こってしまうかもしれない。
事業の承継は、企業の魂の継承でもある。それは一朝一夕にできるものでなく、綿密な計画と実践の上で成功するもの。「いつか」ではなく、今からでも少しずつ取り組んでいくことが、最も大切なのではないだろうか。