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なんば道頓堀ホテルからみる2つのブランディング

2016/06/20(最終更新日:2020/07/17)

大阪に「なんば道頓堀ホテル」を経営する株式会社王宮という企業がある。同社は「部屋ではなく想い出を売る」という考えをもとに、従業員の意識とサービスを徹底改善。働くメンバーの意識改革と顧客の潜在ニーズの掌握という、両方の成果を出すことに実現した企業である。

王宮は売上高8.4億円、従業員73名(ともに15年4月期)。一見変哲のない中小企業に思えるが、同社は他ホテルと明確な差別化を実現している。数年前からインバウンド観光に焦点を絞ったマーケティングを行い、現在では外国人旅行客で部屋の予約の8割を埋めるという、一部の旅行客に対して圧倒的に強いブランドを形成しているのだ。

かつてのなんば道頓堀ホテルは、周辺のホテルと終わりの見えない価格競争を繰り広げていた。当時の客層は日本人が9割で、サービスに付加価値が付けられない。そのため値引きに走るのだが、それは結果的に利益を圧迫してしまい、経営陣も従業員も疲弊していく悪循環に陥っていた。

その頃、海外ではアジアの国々が急成長。大阪にも外国人旅行客がたくさん訪れるようになっていた。これを機会ととらえた現代表の橋本氏は、旅行客が日本に何を求めているのかを綿密に調査する。その結果、旅行客の多くが「ショッピングと日本文化の体験」と答えたそうだ。橋本氏は「これらをサービスに組み込むことが出来れば、旅行客がホテルに泊まってくれるのではないか」と考える。

その後同氏は、ホテルに泊まれば日本文化を体験できるサービスをスタート。着物着付け体験、お寿司握り体験、餅つき体験等を考案し、なんとそれらを全て無料で提供した。またそれだけでなく、国際電話の無料サービス、24hオープンの飲食品持ち込み可能なフリースペース開設、ワインやビールの飲み放題サービス等、顧客が喜ぶ「体験」を次々に実施。同業他社からは「日本人客はどうするのか」と指摘を受けたそうだが、外国人旅行客に振り切り徹底したサービスを提供したことが功を奏したようだ。

現在ではなんば道頓堀ホテルは、SNSを介し旅行客間で口コミが広がり、利用客の8割が外国人という状況を実現。予約は常に埋まっているため多くのサービスを無料提供しても、宿泊料の値引きをしない現在の方が経営的にはるかに安定しているそうだ。

また同社は同時に、対外的なブランドの確立だけでなく社内メンバーに対する理念浸透も徹底。橋本氏は理念とビジョンを心から大切にしていると公言しているが、それらを従業員の1人1人に浸透させる取り組み、自分事として考えさせる取り組みも実施し続けている。さらにそれだけではなく、理念とは何なのか、ということ自体を考えてもらうため『理念経営』に関する書籍を大量購入。社員からパートまで全従業員に読んでもらい、本の内容に関しディスカッションも行っているそうだ。

はじめはこういった勉強会を嫌がる従業員もいたそうだが、そういったメンバーには橋本氏自ら「人が幸せになるためには、勉強する必要がある。だから勉強してほしい」と説得したとか。辛抱強く続けていくと理念が浸透するだけでなく、ディスカッションが従業員間の仲間意識を育む等の副次的な効果も見られたそうだ。

「すべてのお客様に100%の満足を与えるのは難しい。一部のお客様に150%の満足を与えるのが中小企業」と橋本氏は語る。大切なものを見極め、組織の内外からサービスと意識を磨くことが、その思想の体現に繋がるのだろう。

なんば道頓堀ホテルの事例から見えてくることがある。それはブランディングには2種類あるということだろう。それが「インナーブランディング」と「アウターブランディング」だ。
企業は大小関わらず常に様々な問題を抱えているが、それらの問題をうまく乗り越え、成長へと繋がる企業をみてみると、この2つのブランディングのバランスがうまく取れているのだ。

インナーブランディングとは一般的に、企業の理念やカルチャーを明文化し、社員に浸透させていく活動全般のことを指す。それと同時に理念と連動した人事制度の制定等も行うことで、企業の価値観と社員の評価軸もすり合わせていくのが理想的な形だ。環境の整備を手掛けることで、組織に「芯」を通すようなイメージである。これらは、社員の生産性向上や定着率向上、さらにはコンプライアンスの意識向上まで、あらゆる場面に良い影響が及ぶ。

またアウターブランディングとは社外の人間へのブランド構築活動全般を指す。一般に言われる「ブランド力の強い企業」はこれがうまくいっている企業とも言えるだろう。企業やサービスの持つ強みや魅力を対外的に伝えることで、ブランド価値を高めていく取り組み全般だ。

この2つの概念はどちらか一方が出来ていればいいというわけではない。どちらも大事なのである。例えば商品のブランドは構築できているが社員の離職率が極めて高いのであればインナーブランディングに問題があるかもしれないし、社員がきちんと理念を理解し存分に働いているが売上があがらないのなら、それはアウターブランディングに問題があるのかもしれない。双方は車の前輪と後輪のようなものである。きちんとかみ合い回転しないと、前には速く進めない。

しかし、どちらもその構築には時間がかかることが多い。そのため、これらのブランディング全般は予算と時間がある大手企業が取り組むべきものと受け取られているケースがあり、中小企業は関係ないと思われていることも多いのだ。だが筆者は、中堅・中小企業こそブランディングに取り組むべきだと感じる。なぜならば、これらを行うことで他社と差別化が実現でき、まさに「なんば道頓堀ホテル」のように、厳しい経済環境の中での生存確率がぐっと上がるからだ。

組織は売上の向上と同時に「実現したい何か」を持っているはずだ。しかしそれらが全員に共有されていないと、組織は前に進むことができないし、クリエイティブな判断も生まれてこない。
従業員がイキイキと働けるために、顧客により満足していただくために、今取り組めることはなんなのだろう。もっと組織を、サービスをよくするためには何が必要なのだろう。一度立ち止まり、考えてみるのはいかがだろうか。

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