商品の値付けとブランドイメージ
2016/06/06(最終更新日:2020/07/17)
値付け――。経営者を悩ませる問題の1つである。商品の値付けには「ただ1つの正解」はない。提供者が独断で行う場合もあれば、提供者と購入者が交渉を経て合意し決定される場合もある。また購入希望者の間で希少品だと判断されれば、値段が勝手につり上がることもあるだろう。
また値付けは企業の業績に直結するが、科学化されているケースが少ない。マーケティング部門が発達している大企業なら別だが、中堅・中小企業等は、過去の経験や「お客様が買ってくれそうな値段」を想定して決定する場合が多いのではないだろうか。
ただ、それがどのような経緯をたどるにせよ、モノの値段は単に売上の問題だけではなく、ブランド形成や価値の醸成に深く関係している。「意外と安いのだな」「思ったよりも値が張るのだな」という微細な心の動きが、顧客の中で対象を計る物差しを形成していくからだ。
そして一度作られたイメージは、なかなか変わることがない。商品の値段は、商品が持つ世界観を決定づける重要な要素であることは事実なようである。
そのような単純なようで、複雑で奥深い「値付け」と、我々はどのように向き合えば良いのだろうか。それを考えるにあたって『トレードオフ―上質をとるか、手軽をとるか』という本がある。
これは値付けや商品の価値に関して熟考された本なのだが、簡単に言えば、サービスの料金は高価格化か低価格化、すなわち上質を狙うか手軽さを売りにするのかのどちらか1つを選ばざるを得ないという内容だ。「上質」なものは顧客に愛され、末永く繁栄するブランドをつくりえる。「手軽」なものは顧客から必要だと認識され、これもまた末永く繁栄する可能性がある。1つのサービスで両方をとることは不可能で、どちらか片方しか選択することはできない。その間にあるのは不毛地帯。そこそこの価格、そこそこの質のものは、一時的に愛されたり、必要とされたりすることはあっても、顧客にとっては唯一無二性が感じられないため長期的に衰退していくと語られている(世の中にある多くの商品がこの不毛地帯に属するが、業界のトップを見ると、上質路線か手軽路線のどちらかにはっきりと舵をきっている傾向がある)。
確かに自分のまわりにあるものを見回してみると、どちらかに当てはまるケースが多い。スマホはなるたけ安い価格で購入をしたいが、自分が仕事で着る服は出来れば高級なブランドを選びたい。しかし休日に家にいるときは、バーゲンセールで購入できるような安い部屋着で十分だ、という意見の人は多いだろう。上質か手軽か。人は対象をとらえたときに必要性と欲望に応じた判断を瞬時にし、日々の経済活動を行っているのかもしれない。
上質」で真っ先に思い浮かぶのはなんだろう。いわゆるブランドもののバッグや服、時計といった類だろうか。それらを手にすると、その質の高さに感心すると同時に、大きな満足感を得る。Apple等も高価格、上質路線を選択しているだろう。Macを購入し家でふたを開けた途端に「自分はMacユーザーなのだ」という誇らしさと満足感が身を包む。他ブランドのPCより高いのにも関わらず、我々はMacというブランド、Appleというブランドを好む。
衣料品業界では上質と手軽の差は特にはっきりしているかもしれない。手軽の代表例がユニクロだろう。他の買い物のついでに店舗に寄る。値が張らないので決断に時間をかけることはなく、まとめ買いが出来る。価格だけではなく、どんな体型にもフィットする商品ラインナップ、どんな空間にも対応できるシンプルなデザインは、購入のしやすさをより助長している。ユニクロだから実現できる手軽さが、そこにはある。
逆に考えると、価格を調整することで、ブランドイメージを変えることも可能なのだろうか。多くの企業がそのようなチャレンジをしている。しかし、なかには上質路線から手軽路線に舵をきり、せっかく築いたブランドに傷がついてしまった例も少なくないようだ。
例えばティファニー。同社は長年、高級感を売り物にして来たが、過去に廉価版をラインナップに組み込んだことがあった。顧客も「ティファニーが安く買える」ということで、店に殺到。一時的に売上が伸びた。しかし、それは長期的に懸命な選択ではなかったようだ。結果的に廉価な商品はブランドの価値を毀損し、顧客の頭の中で高級ブランド=ティファニーという図式は消え去ってしまった。後に高級感を売り物にする戦略に戻したが、その授業料は高くついたようである。
これからわかるように、上質と手軽の両方を求めることは、企業経営をリスクに晒す危険性さえも含んでいる。どうしても両立したい場合は、別ブランドで展開をする、別会社で展開をする等、違う施策を考えなければいけないだろう。
ちなみにどちらが秀逸な選択か、という優劣は存在しない。価格はブランド形成に密接に関わってくるという事実があるだけだ。商品の特性、自社のやりたいことを見極めるのが大切なのである。
「利益が出ればよし」「薄利でも数が売れればいい」。こういった声を経営者から聞くことがある。日々が戦いの経営の最前線では、情報の少ない環境下で値付けの決断を下さざる得ない状況もあるだろう。しかし、その選択はブランドイメージや中長期的な展望を考えた際に懸命な判断かどうか、今一度考えなおした方が良いかもしれない。
誰もが、自社の商品を打ち上げ花火のように扱いたくはない。末永く繁栄していくためには、ブランドの構築が必須である。そして良いブランドの背景には、計算されつくされた「値付け」が存在するのは確かだ。
もう一度、多角的な側面からサービスの値段を見つめ直してはいかがだろうか。