ブランドを切り替えることの難しさ

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ブランドを切り替えることの難しさ



 少し前の話になるが、台湾の「鴻海(ホンハイ)精密工業」が日本のシャープを買収した。買収総額は3888億円。大手日本メーカーが台湾企業に買収されるという前例のない出来事であったため、大きな衝撃を残したのは記憶に新しい。その後、再建の可能性に関して冷ややかな視線も多かったが、結局は1年で黒字化が成功。2017年末には東証一部に復帰し、株価は一時期、ホンハイが株式取得をした時点に比べて4倍以上になったという。
 ホンハイ、そしてシャープの舵をとるのは、創業者であるテリー・ゴウだ。現在67歳の彼は現在も精力的に経営に関わるが、なぜ今回、シャープを買収したがったのだろうか。
 日本のメディアでも様々な憶測が飛び交った。「シャープの技術力がほしいのでは」「技術だけでなく、商品の企画力がほしいのだ」など…。しかし最も大きな目的は、「シャープのブランド力がほしい」のだと思う。

 ホンハイはアップルやソニー、アマゾン等が提供するハードウェアを製造し組み立てる「下請け工場」として売上を拡大していった。ビジネスモデルと経営戦略はいたってシンプル。大口顧客を開拓し、それに合わせて工場の規模も拡大していくというものである。
 前述の通り、買収の際に「ホンハイは下請けの企業であるから技術力がない」といった見方をするメディアは多かったが、この意見には疑問が残る。下請けでノウハウをつけた企業は、結果的に高水準の技術力を身につける傾向にある。かつての日本、そして中国のメーカーも、下請けから始まり高い技術力を獲得していった。現在のホンハイは、相応の実力があると見たほうが妥当だろう。

 企画力の有無に関しても的が外れている。なぜならホンハイほどの企業であれば、いくらでも世界中から優秀なエンジニアを集められるからだ。既存事業を伸ばしながら、新規事業に経営資源を投下するのはよくあること。稼いで得た資産を、研究所の開設や人材の採用・育成に活用すればいいだけの話だ。

 ここで問題になるのが「ホンハイブランド」である。ブランド力だけは、一朝一夕に身につかない。仮にホンハイが自社製品として電子機器を発売したとしよう。その時、世界中の電子機器メーカーと肩を並べて勝負ができるだろうか。ニュース性があるので話題にはなるかもしれないが、「ホンハイって下請けの企業だから、なんとなく質が悪そう」といったイメージがついて回るのは、想像に難くない。規模が大きくなればなるほど、それまでに培ってきたブランドイメージを払拭するのに時間がかかってしまうのは、すべての企業に共通する宿命だ。だから、シャープ「ブランド」を買ったのだろう。シャープは失速しているが、日本の技術は世界でも認められている。今後の事業展開を考えたときに、ブランドを育てるよりも、ブランドを買ってしまう方が早い展開ができるとテリー・ゴウは考えた。そのための3888億円であれば、決して高くはなかったのだと思う。

 話が長くなったが、ブランドに上位転換していくには、多くの時間と資本がかかる。ひとつのブランドで徹底的に強くなるのは古くから変わらない経営の定石ではあるが、その影響が強くなればなるほど、ピボットするには大変な労力がかかるのだ。

  反対に、下位にブランドを広げるため、かつてあった上位ブランドの強みを自ら消し去ってしまった企業もある。ティファニーだ。
ティファニーと言えば歴史があり、「格式高い」アクセサリーの象徴として、そのブランドを強くしていった。

 しかしある時、大胆な方向転換にでる。「低価格帯の商品も売り出し、もっとたくさんの人に買ってもらおう」と画策したのだ。同社はティファニーの名前を冠し、安価なブランドラインを確立。この方針は当たり、消費者も「安く商品が買える」と喜んだ。しかし、この代償は大きかった。安いものが流通しすぎ、ティファニーから「高級」というイメージを取り去ってしまったのだ。日本でも安価なものが大量に輸入されて、バブル期以降、学生のプレゼントとしても使われるようになっている。

 現在の若者の間と、ティファニーのことを古くから知っている人々の間では、そのイメージに大きな隔たりがあるだろう。ティファニーは「10代から60代まで受け入れられる、幅広い商品を揃えています」と謳っているが、かつてのような格式の高さ、また高級ブランドのイメージを取り戻すことはできなくなってしまった。この事実を、同社の経営陣はどう捉えているのだろう。下げるのは簡単だが、上げるのは難しい。テイファニーが再度、高級路線で商品ラインナップを揃えたとしても、今の若い人々は受け入れてくれるのか、疑問が残る。

 ブランドをどう育てていくかは、その企業のビジョンにかかっている。安い、早いなどの安価なブランドイメージを強くしていくと、上位転換には大変な労力がかかる。上位から下位は簡単だが、上位特有のうまみ(競争が少ない、付加価値でビジネスができる)が減少してしまう。
 すべてが経営判断と言ってしまえばそれまでだが、ブランドの選択は慎重にならなければいけないのは確かだ。もしそれまでと違ったブランドを育てようと考えたら、大きな代償を払うことになるのは明白なのだから、その方向性を間違ってはならない。
 自分たちの企業は今後、どのような歩みをするべきなのだろうか。最初の一歩が肝心である。それが20年30年先の企業の姿を規定すると言っても、言い過ぎではないだろう。
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